2013年11月28日木曜日

思い出

思い出を書き過ぎているのかもしれないと思う。
しかし、それ以外とは何だと言われたら、過去の体験はすべて思い出でもあるといえる訳で、今日起きたことも今からしたら過去の体験であり、そうすると思い出以外のことだけを書くことは難しいのかもしれないとも思う。

回りくどい言い方である。

今日、新潮社の雑誌『波』が届いた。
ジョン・バンヴィル『いにしえの光』の書評に、こんな文章がある。

 近代小説のひとつの特色は、思い出を文学の大きな主題にしたことだろう。
 時間があまりに速く過ぎてゆく近代にあっては、過去と現代の連続性が失われてゆく。
 過去と断ち切られた人間は、なんとか自分の統一性を取り戻そうと、思い出にすがる。
 (川本三郎「思い出を生き直す」、『波』2013年12月号より)

『いにしえの光』では、思い出は決して良いものとしては語られない。
そしてここでも、自己の過去との連続性を取り戻す方法として、思い出にすがるのだと言っている。
しかし評者は第一声に、こう宣言しているのである。

 小説とは記憶だ。
 失ってしまったかけがえのないものへの愛着、思い出なくして小説はありえない。

おそらく、人にとっての思い出は良くもあり悪くもある、しかし小説にとって思い出は、なくてはならないものだと。そう言っているのである。
私は、人として思い出にすがりたくはない、しかし記憶を紡いでいきたいと思う。

2013年11月26日火曜日

方言

冬ばってん「浜辺の唄」ば吹くけんね ばあちやんいつもうたひよつたろ(笹井宏之)

笹井さんは佐賀の人だ。
普段の歌に方言は使われていないだけに、無造作なその土地の言葉にドキッとしてしまった。

東京駅だったと思う。
その時、一緒にいた人に電話がかかってきた。
母親らしい。
出ると、最初は標準語だったのが、じわじわと九州の言葉に戻っていった。
私は少し離れて、そうやって話すのを聞いていた。
普段まったく方言の出ないその人がそうやって話しているのを、もう少し聞いていたいと思った。
そのことを、何の準備もなしに思い出して、ドキッとしたのである。

ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聞きにゆく

有名過ぎる石川啄木の歌だ。
啄木は東北行き列車の始発駅である上野に、「そを聞きにゆく」のである。
方言は、威力のある言葉なのだと思う。

2013年11月22日金曜日

ちょ

小学3年生は、とても子供だと思われていた。

ほぼ日刊イトイ新聞では、小学5年生の女の子が4コマ漫画を連載している。
その子が谷川俊太郎さんと対談していて、「鍾乳洞」という言葉を使った。
小さいのにこんな言葉を使うんだ、と思ったけれど、よく考えたら小学5年生だ。「鍾乳洞」くらい使うだろう。
そこで、思い出したのである。
私が小学3年生の時、とても子供だと思われていた。

担任になった先生は、いつも5、6年生を受け持っていた先生だった。
突然3年生を任され、どうしたらいいか分からなかったのだと思う。
顔は怖いし、背は高いし、おじさんだし。
悩んだ末、先生は驚きの行動にでた。
「……じゃあ、始めて、ちょ。」
語尾に「ちょ」をつけたのである。
緊張していた空気が、一気に笑いに変わった。
「先生、俺たちそんなに子供じゃないから」と、笑いながら誰かが言った。

その時は、なぜ先生が自分たちをそんなに子供に見るのか不思議だった。
でも「鍾乳洞」のことを考えた時、私は「ちょ」をつけた先生と同じだった。
そうか、先生はこんな気持ちで「ちょ」をつけたんだな、としみじみしている。

2013年11月20日水曜日

K君

K君という友人がいた。
小学校前半の時だ。
彼はクラスで人気がある男子のひとりだった。
ひとりはドッジボールの強い子。ひとりは面白い子。そしてK君は、「いろんなことに詳しい子」だった。

K君は料理をした。
うどんに牛乳を入れると、まろやかになると言っていた。
K君は運動が得意じゃなかった。
ドッジボールで、集中力を高めるツボを教えてくれた。
手の小指の付け根あたりをぐりぐりしながら、ボールをよけた。
K君は星が好きだった。
いろんな星座を知っていた。

ある時、小さな川に、小さな橋が架かっている場所へ行った。
空は晴れて、川はきらきら光っていた。
橋の下は、子供なら入れる、大人には入れないくらいのスペースがあった。
そこに入って、橋を見上げた。
「プラネタリウムなんだ」と、K君は言った。
光が水面を跳ねかえって、橋の裏側でゆらゆら揺れていた。

星の季節になると、決まって思い出す。
そして、小指の付け根をぐりぐりしながら、夜空を見上げたりしている。

2013年11月18日月曜日

よくわからないけれど覚えていること

学部生の頃、芸術の講義にもぐって映画を観たことがある。
小津安二郎「お茶漬けの味」だった。
よくわからなかった。
ただ、「夫婦ってのはさ、お茶漬けみたいなのが良いんだよ」という台詞をメモしてある。
よくわからないけれど覚えていること、というものがある。

中学生の頃、進路をひとつに決めている人の方が偉い、という感覚は誰しも持っていたと思う。
でも私に、それだけじゃないことを伝えようとした会話が一度だけあった。
大学の専攻とは関係なく仕事を選び、さらに転職を重ね、今の仕事に辿りついた人の話をしてくれた。
当時の私には、まったくピンとこない話だった。
伝えようとしてくれていることが、わからなかった。
でも、ずっと覚えていた。

先日、津村記久子『ウエストウイング』を読んだ。
その中で、「人生には様々なバリエーションがある」ということを、そこらへんの小学生と語り合いたい気もする、というようなことを登場人物(会社員の女性)が思う場面がある。
そういうことだったのだと思った。
「人生には様々なバリエーションがある」ことを伝えようとしてくれていた。


よくわからないけれど覚えていること、の重要性を最近よく考えている。

2013年11月11日月曜日

11月11日

「11月11日って何の日か知ってる?」
中国の友人に聞かれました。
中国では、「ひとりの日」なのだそうです。
独身の人達で集まって、女子会や男子会を開いたりするのだそうです。
この日生まれの人は結婚できないとも言われています。友人は、一応、男子限定の話だから大丈夫ということを付け加えてくれたのですが、なんとも複雑な心地です。
はい。何を隠そう、わたくし、11月11日生まれです。

この誕生日を、私は気に入っています。「ひとりの日」、上等です。
ひとりでも生きていける二人が、それでも一緒にいるのが結婚だと思う。と、誰かが言っていました。
ひとり旅ができない人と一緒に旅行したくない、という名言もあります。
ひとりひとりが、まっすぐ立っている、良い日です。

「もう泣かない」と、宣言したことがあるそうです。誕生日の、ケーキの前で。
もう4歳になるから、泣かないんだと。
私自身まったく身に覚えのない話ですが、でも、なんとなくその時の、ただならぬ決意を覚えているような気がします。

こんな文章があります。

 ブータンではみんな気持ちがいいほどキレたりする。
 だから、自分の心がややこしくならないんです。
 怒りたいから怒って、
 おもしろい話があればゲラゲラ笑う。
 私たちがふだん勝手に
 「負」の感情だと決めつけてしまっている
 「怒る」とか「悲しむ」だとかも含めて、
 自分の感情をまるごと肯定できるように思いました。
 (2012年3月2日、ほぼ日刊イトイ新聞、「ブータンの雨と幸せのはなし」)

24歳の私は、「もう泣かない」とは言いません。

おおいに泣き、笑います。

2013年11月9日土曜日

たとえば


「たとえば」を積み重ねていく作業に近い。

新創刊の雑誌『MONKEY』(SWITCH PUBLISHING)に、村上春樹さんが小説について書いています。これは、そこにあった言葉です。
小説(に限らず、実益的な文章以外の文章)に対する私のイメージは、「外堀を埋めていく」イメージです。
もやもやした白いものを白いキャンバスに描くには、それ自身を塗るのではなく、その周りに色をつけていく、ということです。
じゃあそれをするには具体的にどうするのかというのが、「たとえば」を積み重ねていく作業、なのでしょう。


 例えばそれは、
 初めて雪をみる人が
 そうっと、すくうように
 差し出す掌

 例えばそれは、
 桜をつかまえようとする人の
 頭の上の一片の花びら

 例えばそれは、
 すぐ近くに

 例えばそれは、
 私の中に

 ひっそりと、息をしている。
 (2008年4月4日の日記より)


恥ずかしいですね。
大学入学直前に書いた自分の日記です。
日記を始めようということで、そのコンセプトとなる概念を書こうとしています。
ここに改めて載せるのは顔から火が出るほど恥ずかしいですが、でも、「たとえば」を積み重ねて、言語化できないものを表現しようとしていた点において、昔の自分に「間違ってなかったよ」と言いたい。ということで、載せました。
村上春樹さんに励まされて。