誕生日に、ポテトサラダをもらったことがある。
どんぶりいっぱいに、ラップをかけて、もらった。
私は家に持って帰った。
「本当は一緒に食べたかったんじゃないの」
私からどんぶりを受け取りながら、母が言った。
親子の関係は、他人以上に難しいと思う。
なぜ誕生日にポテトサラダを持って帰らなければいけなかったのか。
今思えば、その理由を推理するなんて名探偵コナンでも不可能に近いのに、当時は分かってほしいと思っていた。親だから、分かるのが普通だと。
でも、そんなはずはないのだ。
分からないのが普通だ。
それを、どうして分からないんだと思うのは、それもまた、親子だからだ。
どうして分かってくれないんだという事があると、私はこの「ポテトサラダ事件」を思い出す。
胸の内に、もったりとポテトサラダがあるようだなあ、と思ったりしている。
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