2015年1月26日月曜日

いつか来た町

新年もだいぶ経ちましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

さて、1/20発売の週刊朝日に、東直子さんの随筆集『いつか来た町』について書評を書かせていただきました。
http://book.asahi.com/reviews/column/2015012300002.html

この本に登場する町を実際に歩いて、東さんの思考をたどってみたりしました。面白かったです。
旅に出る気力はないけれど、ちょっくら知らない町に行きたい!という時に読んでみるのも良いですね。
ぜひ、それぞれの楽しみ方を見つけてみてください。

よろしくお願いいたします。

2014年12月28日日曜日

2014年主な仕事まとめ

2014

【書評】週刊朝日
俵万智『オレがマリオ』文藝春秋
http://book.asahi.com/reviews/column/2014022100004.html
西加奈子『舞台』講談社
http://book.asahi.com/reviews/column/2014040400003.html
林公代『宇宙飛行士の仕事力』日本経済新聞出版社
http://book.asahi.com/reviews/column/2014050900005.html
長嶋有『春のお辞儀』ふらんす堂
http://book.asahi.com/reviews/column/2014062700005.html
堀本裕樹『いるか句会へようこそ』駿河台出版社
http://book.asahi.com/reviews/column/2014090500005.html
谷川俊太郎『詩を書くということ』PHP研究所
http://book.asahi.com/reviews/column/2014110700006.html
津村記久子『エヴリシング・フロウズ』文藝春秋
http://book.asahi.com/reviews/column/2014112800005.html

【インタビュー】日本大学生物資源科学部 Webマガジン
人に役立つミルクを求め考え続ける
http://hp.brs.nihon-u.ac.jp/~nubs_go.go/faculty/masuda.html
古民家再生の道を切り開く
http://hp.brs.nihon-u.ac.jp/~nubs_go.go/faculty/horie.html
微生物間の”やりとり”を探る
http://hp.brs.nihon-u.ac.jp/~nubs_go.go/faculty/ueda.html
脂肪細胞の新たな可能性を広げる
http://hp.brs.nihon-u.ac.jp/~nubs_go.go/faculty/kano.html
ミクロの視点から樹木の謎と応用に迫る
http://hp.brs.nihon-u.ac.jp/~nubs_go.go/faculty/katayama.html
食と農と人をつなぐ
http://hp.brs.nihon-u.ac.jp/~nubs_go.go/faculty/kawate.html

【取材】日経WOMAN別冊
医療・製薬業界に求められる近未来の新しい働き方を提案
http://wol.nikkeibp.co.jp/article/wolinfo/20141219/197264/
デジタルを活用した近未来の主婦(夫)像を提案
http://wol.nikkeibp.co.jp/article/wolinfo/20141219/197265/

【書籍紹介】
渡辺佑基『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』河出書房新社
吉川浩満『理不尽な進化』朝日出版社
トーマス・マクナミー『美味しい革命』早川書房
デイヴィッド・ミーアマン・スコット/リチャード・ジュレック『月をマーケティングする』日経BP社
犬丸一郎『帝国ホテルの流儀』集英社新書
下村脩『クラゲに学ぶ』長崎文献社
赤崎勇『青い光に魅せられて』日本経済新聞出版社
須藤靖『宇宙人の見る地球』毎日新聞社
トーマス・H・ダベンポート/キム・ジノ『真実を見抜く分析力』日経BP社
デボラ・ペリー・ピシオーニ『シリコンバレー最強の仕組み』日経BP社
たくきよしみつ『デジタルワビサビのすすめ』講談社現代新書
小谷太郎『理系あるある』幻冬舎新書
デイナ・アーディ『現場力を引き出すリーダーの条件』日経BP社
ジョン・E・ケリー3世/スティーブ・ハム『スマートマシンがやってくる』日経BP社
小川和也『デジタルは人間を奪うのか』講談社現代新書
山田順『人口が減り、教育レベルが落ち、仕事がなくなる日本』PHP研究所
高野忠『エネルギーの未来 宇宙太陽光発電』アスキー新書
ジェフ・スティベル『ブレークポイント』KADOKAWA
ウジトモコ『視覚マーケティング戦略』クロスメディア・パブリッシング
諏訪貴子『町工場の娘』日経BP社
岡田昭人『オックスフォードの教え方』朝日新聞出版
黒岩哲彦『エクセルギーハウスをつくろう』コモンズ
浦島允佳『ハーバード式病気にならない生活術』マキノ出版
三好基晴『自然食の裏側』かんき出版
北端康良『才能が9割』経済界
赤羽雄二『ゼロ秒思考』ダイヤモンド社
山形和行『名物機長のホスピタリティ』ごま書房新社

2014年11月30日日曜日

2014年読書記録

2014年春くらいから、メモしてある限り



書きとめなくては、伝えておかなくては、忘れてしまう、消えてしまう。ともすると、とりとめもなく時間を流してしまうけれど、今しか書けないものを、ふんばって書いておかなくては。(東直子『東直子集』あとがきより)

無限か有限かも、もうわからないような遥かなときのなかで、いま、こうして、ここで、人々は存在して、出会って、思いをやりとりした、生きていた、ということはやっぱり事実で真実で、誰もいなくなっても、この瞬きのようなできごとは本当のことだったんだと言えるような、そんな気がしています。(川上未映子『六つの星星』)

村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』

つまり、半分くらいのお友だちに。内側から、外側のアンナをめずらしそうにながめて、自分たちのすきなことをアンナもすきで、自分たちの持っているものをアンナも持っていて、自分たちのすることをアンナもすることを期待するでしょう。(J. ロビンソン『思い出のマーニー』)

越谷オサム『いとみち 三の糸』

かつて誰もがクールに生きたいと考える時代があった。高校の終り頃、僕は心に思うことの半分しか口に出すまいと決心した。理由は忘れたがその思いつきを、何年かにわたって僕は実行した。そしてある日、僕は自分が思っていることの半分しか語ることのできない人間になっていることを発見した。それがクールさとどう関係しているのかは僕にはわからない。しかし年じゅう霜取りをしなければならない古い冷蔵庫をクールと呼び得るなら、僕だってそうだ。(村上春樹『風の歌を聴け』)

「振りをするだけでもいい。そうだろ?強い人間なんてどこにも居やしない。強い振りのできる人間が居るだけさ。」(村上春樹『風の歌を聴け』)

日頃から人生は選択の連続のようにみえる。だけど本当には選択できる機会なんて、ごくわずかなのだ。大抵は、否応なく選ばされる。そのことだけはさすがに三十年近く生きて、もう知っている。(長嶋有『ジャージの二人』)

村上春樹『 螢・納屋を焼く・その他の短編』
村上春樹『やがて哀しき外国語』

ツイッターの創始者ジャック・ドーシーは、日本文化の「わびさび」に深く傾倒していて、物事を純化――シンプルにすることで本質が見えるという美意識を持っている。その美意識ゆえに、ツイッターにはだらだらと長文を書き込めなくなっている(中略)ドーシーは自分が愛するワビサビ精神にのっとって、人々が短歌や俳句のように洗練されたメッセージを呟くことを夢見たかもしれない(たくきよしみつ『デジタル・ワビサビのすすめ』)

女の子は人にしあわせにしてもらうことなんてできないんだよ、と、わたしはもういないニシノに向かってがみがみと言った。女の子は自分自身によってしか、しあわせになれないんだよ。ふん。(川上弘美『ニシノユキヒコの恋と冒険』)

「わかっちゃうものには興味がわかないというか、わからないからこそ知りたいと思うし、わかりたいと思いながら、汗を流し続けるしかない」「絶対に僕がわからない世界がある。でも、それに対して〈わからない〉だけじゃもうダメでしょっていうのがあって。わからない壁にぶちあたってもまだわかろうとする粘っこさみたいな、僕らはそういう姿勢でいるので。今日(マチ子)さんの言葉を借りると〈限界まで誰かに手を伸ばし続けること〉」(藤田貴大/ダ・ヴィンチ7月号)

「まあね、でも人生は本当にいっぺん絶望しないと、そこで本当に捨てらんないのは自分のどこなのかをわかんないと、本当に楽しいことが何かわかんないうちに大っきくなっちゃうと思うの。」(吉本ばなな『キッチン』)

津村記久子『ワーカーズ・ダイジェスト』

「ずっと高校生がいい?」「ううん。やっぱりね、誰かに食べさせてもらってるのは、肩身が狭いっていうか、結局なに言っても説得力ないなって思うのね」(柴崎友香『星よりひそかに』)

松家仁之『沈むフランシス』

人はみんな、道はたくさんあって、自分で選ぶことができると思っている。(中略)しかし今、知った。はっきりと言葉にして知ったのだ。決して運命論的な意味ではなくて、道はいつも決まっている。毎日の呼吸が、まなざしが、くり返す日々が自然と決めてしまうのだ。(吉本ばなな『満月』)

「ああ、風がきもちいいね。なんだか、夜って青いね。」「うん、夏だからね。夏はいいよ。」(吉本ばなな『サンクチュアリ』)

穂村弘『蚊がいる』
吉本ばなな『白河夜船』

「自分の中に言葉がある」って、ある時期から思わなくなりました。若い頃は考えもしませんでしたけども、それは言語……言葉を意識してからですね。自分の中の言葉がすごく貧しいって思うように なったんです。語彙もないし、経験も少ないし。そういうんじゃなくて、自分の外にある日本語を考えると、これはもう巨大でものすごく豊かな世界だと。(中略)そこから言葉拾ってくりゃいいじゃないかっていうふうになったんです。(谷川俊太郎『詩を書くということ』)

逆境をパワーに変え、あるいは受けたダメージを効率よくメリットに変換するのには頭がいる。だれもが生きやすく生きようと思ってできるわけではない。だったら、大人が子供に教えるべきは、この変換機能そのものだ。知恵と教養は精神を助け、いずれは身を助ける。(高殿円『マル合の下僕』)

宮沢賢治『可愛い黒い幽霊』

「東京で年上の人とつきあったことがあった。すごく忙しい人で、昆虫の研究をしてたんだけれど。そのとき、そう思った。男の人はゆるされるかぎり、どこまでも淋しくて暗くて深すぎるところに行くよね。わざわざ。」「ああ、暗くてくだらない、おいしいものでも食べて寝るか、ってすぐ明日になっちゃうよね、女の人はね。」(よしもとばなな『海のふた』)

津村記久子『カソウスキの行方』
デイモン・ラニアン『ブロードウェイの天使』

詩なんか読んで、いったいなにになるんだとおっしゃる方も多いだろう。たしかに、なんにもなりはしない。だが、こういうことは言えそうだ。私たちは日ごろひどく振幅のせまい感情生活を送っている。喜びであれ悲しみであれ、よくよく浅いところでしか感じていない。ところが、詩を読み味わい感動することによって、喜びや悲しみを深く感じることができるようになる。(木田元『詩歌遍歴』)

都築響一『東京スタイル』
ヘレ・ヘレ『犬に堕ちても』

生きてゆくこととは、つまり食べて眠って金かせいでっていうことなんだと、僕はずいぶん小さい頃から知っていた。(川上弘美『どこから行っても遠い町』)

生きてきたというそのことだけで、つねに事を決めていたのだ。決定をする、というわかりやすいところだけでなく、ただ誰かと知りあうだけで、ただ誰かとすれちがうだけで、ただそこにいるだけで、ただ息をするだけで、何かを決めつづけてきたのだ。(川上弘美『どこから行っても遠い町』)

瀬尾まいこ『春、戻る』
山本美希『ハウアーユー?』
川上弘美『ハヅキさんのこと』
宮木あや子『校閲ガール』

悲しい気持ちなど全部消えてしまえばいいと思う。(東直子『いつか来た町』)

柴崎友香『春の庭』

意味だけで捉えようとすると、短歌という短い詩歌は、たちまちに輝きを失う。(河野裕子『桜花の記憶』)

椰月美智子『枝付き干し葡萄とワイングラス』
原田マハ『本日は、お日柄もよく』
トーベ・ヤンソン『旅のスケッチ』
岸本佐知子編『変愛小説集 日本作家編』
村上春樹『ランゲルハンス島の午後』
マーク・トウェイン『ジム・スマイリーの跳び蛙』
池澤夏樹『池澤夏樹の世界文学リミックス』
村上春樹/安西水丸『村上朝日堂』

2014年8月7日木曜日

科学についてメモ

デボラ・ペリー・ピシオーニ『シリコンバレー 最強の仕組み』(日経BP社)を読む機会があった。
それで昔のレポートを思い出したのでメモ。

「最強の仕組み」は、端的に言えば、シリコンバレーは地元のスタンフォード大学とがっちり連携することで発展してきたという話。
そこで、アメリカにおける産学連携が生まれた背景を思い出す。

--

 もともとアメリカの州立大学では、地域経済の発展に貢献することが期待され、主に農学や工学分野の研究がされていた(※1)。しかし、大学に基礎研究が求められるようになった(※2)こと、また第二次世界大戦をきっかけに政府からの大学への研究資金が増大したことにより、産学の連携は弱くなっていった。
 しかし1970年代に、再び産学連携に注目が集められるようになった。ベトナム戦争により政府からの研究資金が伸び悩んだこと、インフレによって大学のコストが膨らんだことから、大学が財政難に陥ったためである。そして産学連携が生まれる最も大きな要因となったのが、1980年に制定されたバイ・ドール法である。これは、自動車などの主要産業が日本勢に押され、貿易赤字を抱えていたアメリカの産業を復活させることが目的であった。これにより、公的資金による研究によって生み出された特許であっても国家でなく大学に帰属させることが可能となり、大学の研究成果の事業化や民間企業への技術移転が活発化していった。

※1
アメリカの州が、農学や機械工学の大学を設立したいという場合、政府が無償で土地を与える法律を「モリル法(Morrill Act. )」という。この法により作られた大学が、現在の州立大学となっている。

※2
「基礎研究→応用研究→開発→製品」であることから、基礎研究を支援し、研究基盤を構築することで応用・開発につながる、という考え方を「リニアモデル」という(『Science: The Endless Frontier』)。このリニアモデルが完全ではないことは分かっていたが、「何の役に立つのか」と言われやすい基礎研究を守るため、この考え方を採用していた。これにより、全米科学基金(NSF : National Science Foundation)が設立された。

--

さらに歴史を遡ると、こういう時代の流れもあって、

--

 第二の科学革命(フランス革命;1789年)により、エコール・ポリテクニク(※3)が出現し、科学は「技術に益する科学」となった。エコール・ポリテクニクモデルはフランスから各国に普及し、ドイツでも高等技術学校(TH : Technische Hochschule)が工業発展に大きな役割を演じた。
 一方で、そこでは技術を教えるという職業色が強く、研究をしない/できない指導者も多かった。そんな中、「学問を通じて人間形成するための大学」としてベルリン大学が誕生し、新しい大学理念が生まれた。実験教育を主とするギーセン式教育システムもリービッヒによって始められ、「技術に益する科学」としてではなく、「学問や研究を通じた人間形成を図るための科学」として多くの研究者を育てた。

※3
総合技術学校。科学と技術を一貫して結び付けるカリキュラムを確立。

--

一概にどちらが良いとは言えないけれど、科学の捉え方としては、個人的には後者のほうが好きだなあ。
と、感想として思った、というメモでした。

2014年8月4日月曜日

目指せばもう

目指せばもう始まっている花火かな(長嶋有)


この句は、花火を目指しているのがいいよね。
今日が花火だって知らなくて、花火の音が聞こえたとき、男だけだったら目指して歩かない。
ここからでもちょっと見えるし。わざわざ人混みの中にいかなくても。
とか、男は言ってる。
でも、女の子は「なに言ってんの!行こうよ!」って、男をぐいぐい引っ張っていく。
そうやって目指しているのがいいよね。アクティブな感じで。

と誰かが言っていたのか、それとも自分で考えたのか、まったく思い出せない。
とにかく、今週末はいたるところで花火をやっていて、この句とともに「女の子に引っ張られる男」の情景を思い出したのである。

2014年7月25日金曜日

蟻とキス

入道雲に向かって足を投げだして天才蟻の話をしたね(穂村弘)


むかしむかし道路に兄が寝そべって天才蟻とキスをしてたの(藤 明日香)


昔は、よく道路にチョークで絵を描いて遊んでいた。
車も通らなかったから。
そうすると、地面に顔を近づけているから、蟻を見つける。
それで、捕まえて、兄と兄の友達が、蟻とキスできるかってやるわけ。
私は、ばかだなーと思いながら見ている。
ちょっとして、「いってー!」って言う声がする。
蟻に口を噛まれたんだって。ばっかでー。

2014年6月14日土曜日

綿毛



たんぽぽの綿毛を指でくるくると縒って飛べなくしてしまう彼(藤 明日香)



昼間、いい天気だったので窓を開け放って本を読んでいたら、大きな綿毛が飛んできた。
反射的につかまえた。綿の部分が指にくっつく。
そのまま、くるくるっと「こより」を縒るように巻いてしまった。

「彼」というのは特定の誰かではなくて、少年から青年全般をさす。(もちろん彼氏でもいい)
男の子なら皆どこかそうしてしまうところがあるんじゃないかと。
くるくるっとしたら飛べなくなってしまう訳だけど、そう認識するより先にくるくるっとしてしまう。そこには悪気はまったくなくて、やってしまった後に、あっ、とか思う。
女の子のほうが、そういうのは想像力がある気がする。だからやらないし、そうしちゃう男子をみて短歌とか作っちゃうような気がする。