2013年10月29日火曜日

手話


手話について。

先日、電車の中で、手話で談笑している方々をお見掛けしました。
いいなあと思いました。
比較的空いていましたので、横長の座席に、こう二人ずつ対面に座って。
声を届けるには少し困難な、その距離を、光の速さで会話している。
ときどき、笑い声だけが、ごとんごとんという車内にふっと咲く。
いいなあと思いました。

わたくし、大きい声が出せないのが悩みです。
どうがんばっても、いや、がんばって出さなきゃと思うほど、喉が締めつけられて声が出なくなる。
声が大きい人を、ずっと羨望の眼差しで見つめています。
ですから、私にとって手話はとても魅力的です。
どんなに私の声が届かなくても、手話ならば届く。
手さえ見えれば。手話という言語が通じれば。

ところがどっこい、手話の経験は小学校のときで最後です。
音楽祭で、手話付きの合唱をしました。
♪今まで 出会った たくさんの
 きみと きみと きみと きみときみときみときみと
 これから 出会う たくさんの
 きみと きみと きみときみと 友達
というやつです。
つまり手話はできません。できたらいいなと、ずっと思い続けています。

ある印象的な記事があります。
「壇上でブロンズ像のトロフィーを渡されると、その重さにしゃがみこんでしまった。富山国際大学付属高校3年の山崎芽佑里さん(18)は、小柄できゃしゃな女の子だ。」
手話スピーチコンテストで優勝した女の子の話です。
「人前で赤面し、上がってしまう悩みを抱えた高校生の世界は、手話との偶然の出会いで大きく広がった。」
聴覚障害をテーマにした映画「ゆずり葉」を観たのだそうです。
そして早速、近所の公民館の手話サークルに入ります。
「手と表情で心が通じ合うことが、『楽しくて仕方がない』と感じるようになる。」
(2011年8月27日、朝日新聞、「窓」欄より)

手話はきっと魅力的なものです。
そのことを私はときどき、想像して楽しんでいます。

2013年7月26日金曜日

どきどきして、ぞくぞくするほど


「好きなことって、なんだろうね」
友人は、人と話すことが好きなんだそうです。
吹奏楽も好きだけど、それは人とつながっているから。
音楽を通して人とつながることができるから、好きなんだって。

私はなんだろうなあ。
私は、なんで吹奏楽が好きだったんだろう。
好きだったのは、やっぱり仲間が大好きだったから。
大好きな仲間と、ひとつの音楽を作り上げていく。
譜読みの段階じゃあもう全然だめでも、だんだん、だんだん、できていく。
みんなの気持ちが音に乗って、みんなが本当に良い音楽にしたいと思っていることを、私も吹きながら感じて、そして一瞬でも、気持ちも音もひとつになった時、その瞬間が、私はほんとうに好きだった。
私は、吹いている皆の気持ちを感じることが、そして私達の気持ちが聴いている人に届くことが、どきどきしてぞくぞくするほど嬉しかった。

私が本を読むのも文字を書くのも、きっと同じ理由だと思います。
文字を通して人の気持ちを感じること、そして自分の気持ちが届くことが、どきどきしてぞくぞくするほど嬉しい。

今日、友人に言葉を贈り、「嬉しい」と返してくれたことが、とてもとても嬉しかったです。

2013年7月22日月曜日

夕凪


シーツを洗っています。
あまりに爽やかな天気で、あまりに予定がなくなってしまったので。
友達が泊まりに来るはずだったのですが。土日。
まあ、こんなこともあります。

やることは大いにあるんです。
でもなんだか、あまりにもったいなくって。
昨日はちょこっとスーパーまで行ってくるつもりが、駅まで歩いていってしまいました。
そのおかげで、夕方の空が、とても綺麗な空が見られたのでよかったです。

「夏の日の夕方、それまで吹いていた風がパタっとやんでしまうことがあります。」
スーパーで、ふと聞こえてきたアナウンス。
「それを夕凪といいます。」
「海の近くでよくみられる現象です。」
そうか。
下田のあの海岸線が、さあーっと目の前に広がりました。
スーパーの袋をさげて、歩いていたあの海岸線が。
夕凪。あったのかな。

おっと、洗濯が終わったようです。
シーツを干します。

風。そしてあなたがねむる数万の夜へわたしはシーツをかける /笹井宏之